犬山城(いぬやまじょう)は、所在地は愛知県犬山市で、国宝に指定された4城のうちの一つです。木曽川南岸標高約40メートルの崖の上にあり、丘陵と周囲の平地をあわせた「平山城」です。天守の背後にある木曽川が自然の要害となっています。木曽川を押さえる、軍事上・経済上・交通上の重要な拠点となってきました。別名を白帝城といって、三国志の劉備が臨終を迎えたことで有名な白帝城にちなみ、江戸時代の儒者・荻生徂徠が李白の詩「朝に辞す白帝彩雲の間 千里の江陵一日にして還る 両岸の猿声啼きやまざるに 軽舟すでに過ぐ万重の山」からとって命名したと伝えられています。また、白帝城が長江沿いにあるように、犬山城も木曽川沿いにあることがその別名の由来でです。
1537年に織田信長の叔父、織田信康によって建てられました。現存する天守の2階までが、このころに作られたと考えられています。信康が斎藤道三との戦いで戦死して子の信清が城主となるが、織田信長との対立の末に信長によって永禄7年(1564年)に攻め取られました。それ以後は、池田恒興や織田勝長などが城主を務めました。天守は、望楼型で3層4階地下2階です。
1617年より成瀬家(尾張藩付家老)に所属し、明治以降、2004年3月まで成瀬家が代々犬山城を所有してきました。 日本唯一の個人所有の城でしたが、、2004年、(財)犬山城白帝文庫のもとで維持管理されることが決まり、成瀬家が城・土地・古文書等を寄贈し、犬山市と協同で財団法人を発足させ管理しています。
| 遺構 | 現存天守、石垣、土塁、模擬櫓・門 |
|---|---|
| 住所 | 愛知県犬山市大字犬山字北古券65-2 |
| アクセス | 名鉄犬山駅または犬山遊園駅から徒歩で約15分 |
| サイト | 財団法人 犬山城白帝文庫 http://www.inuyamajohb.org/ |
