上田城(うえだじょう)は、徳川軍を阻んだ真田氏の城です。所在地は、長野県上田市二の丸です。日本100名城にも選ばれています。天正11年(1583年)、甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸により築城されました。二度にわたる徳川の大軍の攻撃を撃退した事で知られています。この上田城は上田盆地のほぼ中央の地に位置する平城で、千曲川(その分流尼ヶ淵)に望む段丘の崖を利用して築城されています。
しかし、真田氏の築いた上田城は、慶長五年(1600)の関ヶ原合戦後に破壊されます。建物はもちろん、濠も埋められました。これは関ヶ原合戦の時、真田昌幸・幸村(信繁)父子が西軍につき上田城に立てこもって、徳川秀忠軍が西へ向かうのをくい止めたことに対する処分といわれています。
真田氏のあと上田藩主となった仙石忠政が、幕府の許可を得て寛永三年(1626)から上田城復興工事にとりかかります。元の姿に戻すことを基本としていたと考えられます。しかし、二年後の寛永五年に仙石忠政が病死し、工事は中断されてしまいます。そのため、本丸については隅櫓が七棟と櫓門が二棟できるなど一応は整いましたが、本丸・二の丸の中に御殿は造られず、二の丸・三の丸については櫓や城門など、城郭らしい建物は全く建てられませんでした。このまま明治維新にまで至りました。
現在は上田城跡公園という公園になっており、毎年花見の季節になると、多くの市民や観光客で賑わいます。公園化されているのは、本丸・二の丸と周囲の濠跡の範囲です。樹齢100年といわれるケヤキ並木をはじめ、約千本の桜など花と緑に囲まれたゆったりとした公園になっています。 城の東側には、真田幸村の活躍を描いた小説家・池波正太郎にちなんだ文学館もあります。
| 遺構 | 櫓、石垣、土塁、堀 |
|---|---|
| 住所 | 上田市二の丸6263番地イ |
| アクセス | しなの鉄道「上田」駅から徒歩13分 |
| サイト | 上田市 http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/index.html |
